マインドフルネスの誤解について①

マインドフルネスの実践は自分と向き合い、自分を知り、自分の囚われを外し、感性や知性、精神性や人格を成長させて人生を豊かに充実したものにするための方法です。

 

マインドフルネスは一時的なリラクゼーションや現実逃避の為に行うものではありません。 マインドフルネスそのように誤解している人が多く見受けられます。

 

一時的なリラックスや嫌な気持ちからの逃避であればマインドフルネスの実践に取り組む必要はありません。簡単でお金も時間もかからない方法が他にいくらでもあります。

 

音楽を聴く、映画を見る、お風呂に入る、マッサージを受ける、美味しいものを食べる、カラオケで歌う、友人と騒ぐ・・・

 

マインドフルネスはこれらの活動とはまったく違う実践です。どちらが良いとか悪いという話ではなくただ違うということを理解してください。

マインドフルネスは脳(心)を根本的に造り変える。

何度も言いますが、マインドフルネスの実践は一時的なリラックスや現実逃避ではありません。マインドフルネスの実践に取り組むことで悩みや囚われ、心の問題を根本的から解決することが可能になります。

 

その理由はマインドフルネスの実践に継続的に取り組むことによって、脳の構造を根本的に造り変えることが出来るからです。脳内の神経の働きを強化したり、ネットワークを密にしたり、嫌な気持ちを抑える脳の部位が発達することが科学的にわかっています。(マインドフルネスが世界中に広がっている大きな理由の一つ)

 

巷に溢れる癒し(一時的な現実逃避)や科学的ではない「思い込み」のような心理療法とはまったく別のものです。

 

マインドフルネスの実践は脳を根本的に造り変えるのです。マインドフルネスの実践は脳(心)の筋トレと言う人がいますが非常に上手な言い方です。

「心地よい状態」は間違い。

マインドフルネスの実践や瞑想の途中で頭がぼ~っとして心地良くなる人がいます。頭の中が空っぽになりフワフワした感じです。寝る寸前の意識状態に似ているかもしれません。

 

これは心地良いかもしれませんがマインドフルネスの実践としては間違いです。マインドフルネスの実践は自分を見つめることであり、今この瞬間に起きていることに囚われずに気づくことです。

 

ぼ~っとするのは間違い。ぼ~っとするのは意識がどこかに飛んでいる状態です。この状態を「無」と呼ぶ人がいますが、大間違いです。

 

たしかにぼ~っとした状態は雑念もなく「無」になったような感覚になるのですが、ぼ~っとした状態は囚われた状態であり、頭の中は「無」ではなく思いっきり雑念まみれなのです。当人がそれに気づいていないだけです。

 

この状態をマインドフルネスや深い瞑想状態と言って指導している人もいるそうですが、マインドフルネスを根本的に勘違いしています。

 

ぼ~っとして心地良い状態はリラクゼーション効果がある場合がありますし、一時的に嫌な気持ちからの逃避が出来ることもあるので否定をしているわけではありません。

 

しかしそれはマインドフルネスの実践や瞑想とはまったくの別物として理解しておかなければいけません。(マインドフルネスは効果がないという人はぼ~っとした実践をしているだけ)

 

神秘体験は脳の悪戯。

マインドフルネスの実践や瞑想中に光が見えたり、声が聞こえたり、そこにないものが見えたり、通常では起こりえない体験をすることがありますが、それは変性意識が深くなった状態です。私たちは深い変性意識状態になると幻聴や幻覚を体験します。

 

この状態を「悟った」とか「神様(バシャール)からメッセージがきた(降りた)」と勘違いする人がいますが、それは間違いです。脳にドーパミンやベータエンドルフィンといった物質が大量に分泌されることで体験する脳の悪戯です。

 

こう言うと科学で全てが説明できるわけはない。神がいないこと(場合によっては霊など)を証明できないと反論する人がいます。

 

たしかにこの世界はわかっていないことの方がはるかに多いですし、科学で全てを説明できるわけでもありません。突き詰めていくと神や霊がいる可能性もあるでしょう。科学を信じるのか?神を信じるのか?は自由です。信仰の自由は認められています。

 

わかっておいて欲しいのは、体験したことが真実であるとは限らないということです。あなたが見たもの、聞いたこと、感じたものは錯覚かもしれないのです。瞑想など深い変性意識状態になると錯覚を起こしやすいので、そこでの体験は錯覚である可能性が高いのです。

 

大事なのはそこに囚われずに疑うことです。疑うというのは自分を見つめることであり、マインドフルネスの実践です。神秘体験にも囚われない心を養ってください。