マインドフルネス実践後の変化について①

ここでは私自身がマインドフルネスの実践や瞑想に取り組んでから生じた変化を、出来るだけ具体的にお伝えしていこうと思います。

 

私自身が瞑想(マインドフルネス)に初めて取り組んだのは、2009年くらい(北京オリンピックの後)です。その数年前から身体の感覚に意識を向けたり、集中したりとボディスキャン(マインドフルネス瞑想の一つ)のようなことには取り組んでいたのですが、それが瞑想だということは後から知りました。

 

瞑想(マインドフルネス)と自覚して本格的に取り組んだのが2009年以降で、そこで初めて呼吸に意識を向ける瞑想を実践しました。瞑想に取り組もうと思ったきっかけは心のことを学び始めたことです。

 

2000年代はフィットネスクラブや大学、高校や実業団でトレーナー業を行っていました。ダイエットのための運動や食事指導をしたり、アスリートの競技力を向上させるためのウエイトトレーニング指導などです。この頃は身体(運動や食事)へのアプローチだけでした。

 

心への意識はまったくなく、人間をどこか機械的に捉えていたのです。しかしその捉え方は間違いだと気づき、心へのアプローチが重要ということに意識が向きます。

 

心の重要性に気づいてからは心のことを学ぼうと、トレーナー業をしながら心理学の本を読み漁ったり、某有名団体の心理カウンセラー養成講座を受けたり、大学の心理学科に入りなおして基本から学びました。その中で瞑想という存在や効果を知り実践してみたくなったのです。

 

心のことを学んだのはトレーナー業という仕事のために必要ということもありましたが、自分自身の心の変容を求めたことも理由でした。物の見方や考え方、他人への接し方など自分でも問題と感じることが多くどうにかして変えたいと思っていたのです。

 

そんな自分に瞑想(マインドフルネス)はぴったりハマりました。元々自分の身体に意識を向けたり、集中したりといった行為に取り組んでいたのでコツをつかみやすかったのか、すぐに効果が表れます。

 

まず原因のわからないイライラや不安、不快な気持ちが生じることがかなり少なくなりました。瞑想に取り組むまでは、イライラや不安が突然襲ってきてしばらくその状態が続くことがけっこうありました。そしてそれが生じる理由も対処法もわからず、音楽を聴いたりテレビを見たり、身体を動かしたりして誤魔化そうとしていたのです。

 

しかし瞑想に取り組んでからは、イライラや不安、その他の不快な気持ちが生じてもそこから距離を取ることが出来るようになりました。距離を取ることが出来るようになった理由は、瞑想に取り組んだ結果、不快な気持ちが生じるタイミングに気づくことが出来るようになったこと、不快な気持ちの状態を冷静に観ることが出来るようになったからです。

 

今思えば、瞑想に取り組む前はイライラや不安、不快な気持ちが生じるタイミングにも自分の状態にも気づかず、いつのまにかその気持ちが膨らみ(気づかないから膨らむ)心を占拠していたのです。つまり「囚われていた」ということ。この体験は「気づき」と「囚われない」の重要性を知る大きなきっかけになりました。

 

不快な気持ちに囚われないことで、その不快な気持ちの出所や原因などを細かく深く観ることも可能になります。気持ちをより深く観ることはこれまで知らなかった自分の一面を知ることにもつながるでしょう。自分を知りたければ、「自分探し」といったことではなく自分自身の内面を細かく観ていく方がより知ることが出来ます。

 

囚われることが少なくなると同時に、周囲の人が私から受ける印象が変わってきたそうです。「雰囲気が変わった」「前より柔らかくなった」と言われることが増えてきました。自分ではまったくわからず、「変わった」と言われてもピンときません。

 

囚われない時間が減ったことで、心の状態が変わり発する雰囲気や顔に微妙な変化が起きたのでしょう。察する能力が高い人はそのようなちょっとした変化に気づくわけです。

 

瞑想(マインドフルネス)の良い所は「変わろう」「変えよう」と意識しなくて良いということ。自分を変えようと頑張るのはかなり大変です。しかも変えようと頑張ってもなかなか変わりません。変わったと思ってもすぐに元に戻ります。

 

それが繰り返されると「自分は何をやっても変わることが出来ない」という自己イメージが強くなり自己肯定感が低下します。その結果囚われがより強くなることがあります。世の中に溢れる「自分を変える方法」に取り組んでも変わらない人が多いのは、頑張って自分を変えようという意識が強いからかもしれません。逆効果になっているのです。

 

瞑想はそれとはまったく違います。瞑想、特にマインドフルネスの実践は目の前に意識を向け、今この瞬間を大切にするだけです。そこには自分を変えようとか頑張ろうはありません。

 

今この瞬間を大切にすることを継続していくと、自分でも気づかないうちに心と身体の変容が起きるのです。その変容は人に言われて初めて気づくといった感じです。

 

瞑想(特にマインドフルネス)はとても優しい実践なのではないかと思います。何かを得るために、変わるためには変わろうと意識したり、頑張りも必要な場合があるかもしれません。しかし心に関してはそう単純な話しでもないのです。禅では「頑張ること」「変わろうと思うこと」を辞めたら心の変容が起きた(悟った)という話しがたくさんあります。

 

頑張らずに力を抜いて生きるのも良いのです。瞑想はそれを身体でわかるための実践でもあるでしょう。現代人にはとても必要な実践だと思います。

 

話しを私自身の変化に戻すのですが、瞑想に取り組んでから起きた変化はイライラや不安に囚われないようになったことだけではありません。普段の自分の思考を客観的に観ることが増えてきました。

 

例えば、誰かに「〇〇〇〇」と言われたら「●●●」という言葉が最初に必ず頭に出てくるといったことや、何かを見たときに「◎◎◎◎」と考えるなどの思考パターンやクセが段々とわかるようになってきたのです。

 

これは非常に大きな気づきです。なぜなら自分の物の見方や考え方を変えるためには、自分がどういう思考をしているのか?どんな言葉が生じるのか?どんな思考パターンがあるのか?を自分自身で気づく必要があるからです。

 

自分の思考に気づかなければ、考え方を変えることは不可能です。目の前にあるコップの位置を変える(移動させる)ためには、まずコップの存在や位置を知る必要があります。コップの存在や位置がわかるからコップを移動させることが出来るのです。コップの位置がわからなければ移動させることは出来ません。頭の中(心や思考)も同様です。

 

物の見方や考え方が変わると、目の前の人の発言の捉え方も大きく変わりました。瞑想に取り組む以前ならばその人が言ったことに対して同じ反応(思考パターンやクセ)しか出来ませんでしたが、瞑想に取り組んで以降は視野が広がりその人の考え方を多面的に捉えるようになったのです。

 

そうなると自然と聴く能力(傾聴)が上がります。それに伴い指導の仕方やアドバイスの内容、伝え方や話しの内容が大きく変わります。瞑想に取り組む以前のトレーナー業での指導は型にはめたような内容が多かったと思います。 

 

それは自分の物の見方、考え方の固さ、視野の狭さが原因です。その原因を生み出していたのは「囚われ」です。何かに囚われること(感情や欲)が自分の可能性を狭めるのです。

ストレスが格段に減少した

元々ストレス(精神的ストレス)に弱かったり溜まりやすい方ではなかったのですが、瞑想(マインドフルネス)に取り組んでからさらにストレスに強くなり、対処も上手くなりました。

 

ここで言うストレス(精神的ストレス)とは一般的に用いられる意味でのストレスです。

 

ストレスに強くなりストレスが格段に減った理由は、囚われなくなったことでしょう。精神的ストレスは囚われることで大きくなります。例えば、誰かに悪口を言われて生じたストレスが10としましょう。

 

ストレス度が10のままであれば良いのですが、悪口を言われたことに対して私たちはいろいろ解釈をしたり、それに伴った思考の連鎖を自分の意思とは無関係に行ってしまう(これが囚われ)のです。その結果、10しかなかったストレス度が100とか200に膨らんでしまいます。

 

これを自分の意思で辞める行為がマインドフルネスの実践や瞑想です。マインドフルネスの瞑想や実践を続けるとストレスによって生じた解釈や思考の連想をコントロールすることが出来るようになります。ストレスを避けること(0にする)は出来ませんが、小さくしたりそれ以上膨らませないようにすることは対処次第でいくらでも可能です。

 

勘違いして欲しくないのは、これは巷に溢れるストレス発散やストレスを散らす方法ではないということ。マインドフルネスの実践や瞑想はそれらとはまったく異なります。

 

私もストレスを感じることはありますが(それが普通)、囚われることもなく(膨らまない)すぐに消えてしまいます。ですからストレスが溜まることもありません。マインドフルネスの実践や瞑想を何年も継続しているため、意識しなくても自然にそうなるのです。

 

意識しなくても出来るのは身に着いているということです。身に着いていればとっさのストレスや予期しない出来事や未知のことに対するストレスでも対処する(囚われない)ことが出来るのです。

自然への敬意が湧き出る

以前は自然に興味がありません(正確には自然に意識を向けない、感じようとしない)でした。夕焼けを見ても紅葉をみても、花々を見ても綺麗と思う(考える?)ことはありましたが、身体が震えるほどの感動や心を奪われるといった経験は今思い出してもありませんでした。

 

しかし瞑想(マインドフルネス)に取り組んでから、道端に咲いている花や何気ない空を見ただけで、心が揺さぶられ時が止まるような体験をすることが増えてきたのです。自分の心の奥底から何かが湧き出るような感覚です。

 

これは「そうなろう」と考えたのでも、意識したのでも、望んだのでもありません。自然とそれが起こったのです。

 

多分、子供の頃はそういう心を持っていたのですが大人になるにつれて忘れていったのでしょう。その大事な感性を瞑想をすることで取り戻したよう感じです。同時に自然に対する敬意も生まれました。これは私にとってはかなり大きな変化でこの世界の見方や捉え方が一変したのです。

 

自然に対する敬意が生まれたことで、「宗教的」な感覚が出てきました。これは現在あるどこかの宗教に帰依するとか信仰心ではなく、自然に対する「凄い」というものです。

 

この辺のことは伝えることが難しく、私の言語能力では限界があるので何を言っているのか?がわからないかもしれません。昔の人が言う「大いなるもの」とはこの感覚を指すのではないかと勝手に想像します。

人間関係が良好に

人間関係がより良好になったことも大きな変化です。私は昔から人間関係を築くことやコミュニケーションが苦手ではありませんでしたが(むしろ得意と思っていた)、瞑想やマインドフルネスの実践に取り組んでからはより深く濃くなったように感じます。

 

これは目に観えるものではありません。私が周りの人に対する雰囲気や何気ないしぐさや態度が変わり、周りの人の私への雰囲気や態度も微妙に変わった(良くなった)のです。変えよう、変わろうとしたのではなく自然とこうなった感じです。

 

具体的に何が変わったのかを言語化するのは難しいのですが、確実に何かが良い方向に変わったのは間違いありません。

 

これと関係あるかどうかはわかりませんが、瞑想やマインドフルネスの実践に取り組む前と比べて、人の話しを聴けるように(聴く能力が上がった)なりました。これは会話時の囚われが減少したことによる聴くという集中力向上のおかげです。

 

聴く集中力が上がったことで表面上の言葉の意味の理解度が上がるだけでなく、その言葉に乗っているその人の意図や感情がより深く聴けるようになったのです。多分こういった私の変化や態度が相手に伝わるのでしょう。仕事でもプライベートでも相談されることや深い話しをされることが圧倒的に増えました。

 

上手く言えませんが「人間」をしっかりと感じることが、出来るようになった感覚が生まれてきました。気配やその人から発するエネルギーや意識(どこに向いているかなど)をより感じ取れるようになったのです。

 

もちろん感じようとしたわけではありません。気づいたら感じ取れるようになっていたのです。その弊害として満員電車や人混みがより嫌になりました。昔から好きではありませんでしたが(好きな人とかいるの?)そこに溢れるエネルギーなどをしっかりと感じ取れるようになり、「近づいてはいけない」と身体のメッセージをきちんと受け取れるようになったのです。

 

最近ではテレビや写真からでもエネルギーや雰囲気、意識状態などを感じ取ることが出来ます。瞑想をしている人を見ても「この人は出来ているかどうか?」がわかるようになります。調子の良い時は後ろ姿でもわかる場合があります。いろいろな意味で人間を感じ取る能力がアップした感じです。もちろんこの能力はコミュニケーションで大いに役立っています。

 

小手先のコミュニケーションテクニックを学ぶよりも、感じる能力を高めた方が人間関係ははるかに良好になると考えています。 

頭が良くなった

瞑想(マインドフルネス)に取り組んでから驚いた変化は心の部分だけではありません。頭がめちゃくちゃ良くなった(IQが上がった)ことも大きな驚きです。

 

まず本を読む速度、理解度が圧倒的に上がりました。瞑想(マインドフルネス)に取り組む前は、200ページくらいの新書を1時間半くらいかけて読んでいました。

 

本の中身を理解しながら読むとそれくらいの時間が必要だったのです。ところが瞑想に取り組んでからは、同じくらいのページ数であれば30分くらいで読めるようになりました。

 

速く読もうという意識はまったくありません。読み終わって時計を見たらそれくらいしか時間が立っていないのです。速読というレベルまではいかないですが、新書1冊を30分で読み終えるのはかなり速い方でしょう。

 

理解力も上がりました。瞑想を始める前よりも本から得られる情報は増え、著者が言いたいことや他の情報と結び付けて考えることも出来るようになります。「囚われない」が身に着いたことで様々な抽象度で本を読めるようになり、以前よりも本を読むのが楽しく、より深い内容が本から読み取れるようにもなったのです。

 

囚われやすい人は、本の内容にも囚われやすく偏った思考や価値観が強くなる傾向にあります。本の内容を盲目的に信じて陶酔する人っていませんか?

 

そうなる理由は囚われやすい心が原因です。囚われないように本を読めるようになるといろいろな視点(抽象度)が文面から読み取れるようになるので、一つの価値観や考え方に振り回されることはありません。

 

本を読む速度がアップしたことや、理解力が上がったと同時に記憶力も上がりました。覚えようと思って読まなくても本の内容をよく覚えているのです。(本だけでなく人の話しや様々な出来事など)記憶力が上がった理由は集中力が向上したからでしょう。瞑想は集中力を圧倒的に高くしてくれるのです。

 

集中力が上がれば上がるほど、その対象が強く脳に刻み込まれるので結果的に記憶力が上がります。本を読む速度が上がったのも理解力が上がったのも、瞑想の取り組みによって集中力が上がったことが最大の理由でしょう。

 

詳しくは

集中力を高める方法

記憶力を高める方法

 

瞑想に取り組んでからは、世の中の仕組みやつながりもさらによく観えるようになりました。何かの事象に遭遇したときに、囚われずに様々な視点(抽象度)で観ることが可能になったからです。瞑想(マインドフルネス)の実践によって身に着いた能力の一つです。

 

多くの場合は仕組みやつながりが観えずに、目の前で起きている事象に囚われてしまいます。投資詐欺で騙される人は金銭欲に囚われることが原因です。冷静に考えれば「そんなことで儲かるはずがない」「美味しい話しはない」ということがわかるのですが、何かに囚われると(ここでは金銭欲)それが観えなくなります。

 

囚われると私たちのIQは確実に低下します。IQが低下することでその仕組みやつながりが観えなくなるのです。またIQが低下すると暗示にもかかりやすくなってしまいます。だから人を騙そうとする人や何かに誘導しようとする人は、感情を揺さぶってIQを低下させようとするのです。

 

第三者から見ると「なんでそんなものに騙される」となるのでしょうが、当事者は囚われてIQが低下しているのでまったく気が付かないわけです。

 

これは詐欺だけでなく多くの場合に当てはまります。ニュースや報道などもそうでしょう。誰がそれを伝えるかによっても印象が変わるのも「囚われ」が原因です。例えば、自分が好きなアナウンサーか嫌いなアナウンサーかによって同じ内容のニュースでも捉え方が大きく変わります。

 

好きなアナウンサー(芸能人)が伝えるニュースの方が信憑性や信頼性が増すのです。同じ内容にも関わらず信頼性が変わるのは、「好き」「嫌い」という感情に囚われた(振り回された)からです。

 

テレビを作る側や仕掛ける側はそれを十分承知だから、各局はルックスの良いアナウンサーや高感度の高い芸能人を報道番組のMCに起用するのです。

 

ここらへんは囚われを手放し、IQを高めて様々な事象のつながりを観ていかないとなかなか気づくことが出来ません。キーポイントは「囚われ」です。

 

瞑想の取り組みによって頭が良くなるのは「囚われない」が最大の理由です。囚われないが身に着けば結果的に集中力が上がり、理解力や記憶力も上がります。様々な視点(抽象度)で観る能力も上がるので仕組みやつながりもより観えるようになるのです。

 

学歴が高いのに本をたくさん読んでいるのに、IQが高くない人がけっこういるのですが、それは「つながり」がないからです。そういう人は断片的な知識はたくさんお持ちですが、知識同士のつながりがないので視点(抽象度)を上げたり下げたりすることが出来ません。頭を良くしたい(IQアップ)のであればつながりを意識(囚われずに観る)してください。

 

マインドフルネス実践後の変化②に続く。