マインドフルネス実践後の変化について②

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瞑想(マインドフルネス)に取り組む前は「善」か「悪」か「正しい」「間違っている」「0か100か」など白黒つけたがる思考や物の見方が強かったのですが、ここ数年でかなり薄くなってきました。

 

瞑想に取り組む前はそれが問題とは思いませんでした。というよりそんな思考があることすら気がつきませんでした。気づいたのは瞑想にある程度取り組んでからです。

 

白黒つける思考は完全になくなったわけではありませんが、何かの事象に遭遇した時に「0か100か」思考が出てくるタイミングやパターンに囚われることは極端に少なくなっています。

 

私たちは「自分が常に正しい」という思考や価値観を無意識レベルで持っています。それが物の見方や判断などに大きく関係しているのです。自分が正しい思考は誰もが持っており、人によって強い弱いの違いがあるだけです。

 

自分が正しい思考が強い人は、いわゆる自己主張が強い傾向にあります。人を引っ張って何かを成し遂げたりする原動力にもなるのですが、自分の思考に囚われやすいという面もあります。「0か100か」などの思考に囚われると極端に偏った思考や価値観に陥ります。

 

視野が急激に狭くなり過度の一般化をしてしまうのです。これはIQがかなり低下した状態(抽象度が低い)です。出来るだけこの状態を避けた方が良いのです。

身体の変化は?

瞑想(マインドフルネス)に取り組んでから、メンタル面や頭だけではなく身体の機能も大きく変わりました。

 

大きな変化は身体が楽になったことです。身体に入っている無駄な力(緊張)が抜けて筋肉同士のぶつかりが減り、合理的な身体の動かし方が年々実現しているということです。

 

瞑想に取り組むと身体の緊張が抜ける理由は二つです。まず一つ目は、思考や物の見方が広がり「囚われない」が減少したことによる緊張の緩和です。私たちの心と身体、思考と身体は強く関係しており両者はお互いに影響を与え合っています。

 

思考する度に、何かを思う度に身体は変化します。思考や感情の状態によって、緩んだり緊張したりを繰り返しているのです。その中でも囚われは身体に強い緊張を招きます。身体の状態を見ればその人がどれくらい囚われているか?がわかるくらい囚われは身体に大きな影響を与えます。

 

囚われの影響は必ずしも悪いことばかりを身体に与えるわけではありませんが、多くは緊張という形で身体にマイナスの影響を与えます。となると「囚われない」を体現していけばストレッチやマッサージをしなくてもある程度まで、身体の緊張を解くことが可能になるのです。

 

瞑想に取り組むと身体の緊張が抜けるもうひとつの理由は「身体を観る」ことです。身体を観るとは、身体の感覚に思考を伴わずに意識を向ける行為です。

 

代表的な瞑想は、マインドフルネス瞑想の一つであるボディスキャンです。ボディスキャンは名前の通り、意識上で身体をスキャンしていく瞑想です。

 

自分の身体をスキャンしていくと、身体の気づきが増えます。「どこが緊張しているのか?緩んでいるのか?」「重心の位置はどうなっているのか?」「どのように筋肉は動くのか?」といったことが感覚的にわかるようになります。

 

これを日々繰り返すと、不思議なことに身体の緊張が緩んできます。身体は緩まそうとしなくても、緊張している部分に客観的に気づくだけで緩む性質があるのでしょう。身体の感覚を研ぎ澄ますほど(気づくほど)緊張が抜けてきます。

 

身体の緊張が抜けると身体の形が変わります。肩はストンと落ちて首が長くなります。姿勢も良くなり背が高くなったような印象になり、歩き方も引っ掛かりがないような動きになります。それが雰囲気を作り、他の人から見ると「何か違う」という印象を受けるのです。

 

なのできちんと瞑想に取り組んでいるかどうかは、身体を見ればある程度わかります。いくら偉そうなことを言っていても身体の形や動き、発する雰囲気で全てバレるのです。

 

ボディスキャンによる身体の気づきや変化が面白くて、かなり取り組みました。(今でも)その日によって感じ方や変化も違うし、やればやるほど身体が楽になっていくのでハマります。身体の緊張が抜けると心地良くなるのです。

 

これはもしかしたら多くの人は味わったことがない感覚かもしれません。現代人は精神的ストレスや運動不足によって、身体はガチガチに無駄な力が入り、動きもぎこちない状態です。これはかなり不快なはずなのですがこの状態が当たり前になっているので自分の身体がおかしいことに気づかないのでしょう。

 

お風呂に入ったりマッサージを受けたりしても、無駄な力が抜けて身体は緩みますが一時的な効果しかありません。身体を根本的に変えようと望むのであれば、身体の気づきを増やすことがその方法になります。 

身体の痛みも消えた

瞑想に取り組んでから身体が楽になったとお伝えしましたが、楽になった理由はもう一つあります。長年抱えていた腰と膝の痛みが消えたことです。この痛みは学生時代に長くサッカーに取り組んでいたのが原因です。

 

当時はトレーニングの知識もなく指導者もいなかった中、サッカーの競技力を高めようと自己流でスプリントや様々なトレーニングに取り組んでいたわけです。それを続けたことで多少は身体能力が上がった(上がったという思い込み?)のですが、同時に腰と膝の故障もついてきたのです。

 

その頃の無理がサッカーを辞めてからも付きまといました。20歳くらいの頃(すでにサッカーはしていない)は腰痛が酷く毎日、接骨院に通っていました。接骨院の先生に「筋肉を鍛えると腰に良い」と聞き、筋トレに励みましたがあまり効果はありませんでした。

 

痛みとは一生付き合っていかないと思っていましたが、瞑想(マインドフルネス)に取り組んでから不思議(当時は不思議と感じた)と腰と膝の痛みが消えました。

 

痛みが消えた理由は瞑想に取り組み身体の気づきが増えたことで、痛みの原因である筋肉の緊張が緩んだことです。身体の気づきを増やすと姿勢や体型が変わるだけではありません。身体の痛みや原因不明の違和感も消えることがあります。

 

なぜなら慢性的な腰痛や肩こり、頭痛の原因の90%近くは身体の歪みや何らかの疾患ではなく、筋肉の緊張だからです。何かの原因で筋肉が慢性的な緊張状態になり痛みや違和感を誘発するのです。マッサージやストレッチで一時的に腰痛や肩こりがマシになりますが、それは筋肉の緊張が緩んだことによる結果です。

 

詳しくは

慢性腰痛を克服する

線維筋痛症を克服する

 

マッサージやストレッチは対処療法になりますが、瞑想などで身体の気づきを増やしていけば腰痛や肩こりが生じにくい(無駄な緊張を引き起こしにくい)身体になります。瞑想の中でもボディスキャンがおススメです。

 

私だけでなく、マインドフルネスのパーソナルトレーニングを受講した人や講座に参加した人の中からも、腰痛や頭痛が改善したという報告を受けます。当然と言えば当然です。

 

私も寒くなったり疲れがたまったりした時に腰がだるく痛くなることがありますが、そんな時にはボディスキャンやボディスキャンを利用したボディワークを行います。そうすると痛みの原因である筋肉の緊張が緩んで上手に対処することが出来ます。病院も薬もシップも必要ありません。ボディスキャンなど身体の緊張を緩める方法を身に付けておいた方が絶対に良いと思います。

 

もちろん瞑想やマインドフルネスの実践は、痛みを取るために行うものではありません。目的はまた別の所にあるのですが、本来の目的に向かうために痛みの改善などがあっても良いのです。

感覚が鋭くなった

感覚はかなり鋭くなりました。瞑想に取り組むことで、身体の感覚だけでなく聴覚や視覚、味覚も向上しました。これらの感覚が鋭くなることで、物事の良し悪しが以前より明確に判断することが出来るようになりました。

 

例えば、食事。瞑想(マインドフルネス)に取り組む前は味わうことをせずに口に放り込んでいるだけでした。何か別のことに意識を取られて食感や香り、口の中に広がる感覚は無視です。意識しなくても味覚は働くので何となくは味とかを感じてはいましたが、今ほど明確ではありません。

 

味覚が鋭くなったのは「食べる瞑想」のおかげです。食べる瞑想とは食べることを通して、自分を観る行為でありマインドフルネス瞑想の中でも人気です。

 

味覚が鋭くなった結果、食材の味や質が明確にわかるようになりました。以前であれば美味しいと思っていたものが「人工的な味がする」と食べれなくなったり(身体が受け付けない)、身体が求めている食材(栄養素)が感覚でわかるようになったのです。

 

身体が求めている食材がわかったおかげで風邪を引く頻度や疲労が圧倒的に減りました。瞑想(マインドフルネス)による精神的ストレスの軽減や身体の機能向上も関係していますが、味覚の向上も大きく貢献しているはずです。

 

視覚が鋭くなったことも大きな変化でした。視覚が鋭くなったことで観る力が上がり例えば絵画の良し悪しや絵画から伝わる「何か」をより感じ取れるようになりました。絵画だけでなく、人の表情や目の前で起きている現象をより観ることが可能になったのです。

 

視覚が鋭くなり観る力が上がるとは、視力が上がることではありません。目の前の事象を捉える能力が上がったということです。私自身の視力は多少上がったようですが、観る力と視力は別物です。

 

感覚が鋭くなったのは、感覚機能が向上したというよりは感覚の働きを邪魔していた「囚われ」が少なくなったのが理由です。私たちは何かに囚われると感覚機能は遮断されます。何かに没頭しすぎると人の声が聞こえなくなったり、横で何が起きているのかに気づかなくなるでしょう?それが囚われた状態です。

 

囚われた状態は私たちの能力を限定的なものにして、考える力や視野も狭くするのです。いかに囚われないか?は人間の永遠のテーマで瞑想やマインドフルネスの実践はそれを克服するための訓練です。